◆桂正和 プロフィール
| 名前 | 桂正和(かつらまさかず) | |
| 性別 | 男 | |
| 生年月日 | 1962(S37)年12月10日 | |
| 血液型 | A型 | |
| 出身地 | 福岡県 | |
| デビュー作 | ツバサ(読み切り) | |
| ウイングマン(連載) | ||
| 現 連載作品 | ZETMAN | |
| 代表作 | ウイングマン 電影少女 I"s ZETMAN | |
| その他 | バットマンファン |
◆桂正和 年表
- 1962年- 東京都豊島区で生まれる。
- 1980年- 阿佐ヶ谷美術専門学校へ入学。『ツバサ』で第19回手塚賞佳作受賞。
- 1981年 - 『転校生はヘンソウセイ!?』で第21回手塚賞準入選し、漫画家としてデビューする。
- 1983年 - 『ウイングマン』で連載デビュー。
- 1984年 - 『夢戦士ウイングマン』としてテレビアニメ化。短編集『桂正和コレクション』1巻を発売。
- 1985年 - 『超機動員ヴァンダー』連載開始。 『ウイングマン』連載終了。
- 1987年 - 『プレゼント・フロム LEMON』連載開始。
- 1988年 - 「スーパージャンプ」に『小さな灯り』を掲載。
- 1989年 - 『電影少女』連載開始。
- 1992年 - 「Vジャンプ」において『SHADOW LADY』連載開始。 『電影少女』連載終了。
- 1993年 - 『D・N・A² 〜何処かで失くしたあいつのアイツ〜』連載開始。
- 1994年 - OVA『I・R・I・A ZEIRAM THE ANIMATION』のキャラクターデザインを担当。
- 1995年 - 『SHADOW LADY』連載開始。
- 1996年 - 『エム』を「MANGAオールマン」に掲載。
- 1997年 - 『I"s』連載開始。
- 1998年- イラスト集『4C』を発売。
- 1999年 - I"s BOX 発売。
- 2000年 - 『I"s』連載終了。
- 2002年 - 「週刊ヤングジャンプ」で『ZETMAN』の連載開始。
- 2006年 - 6月より『ZETMAN』長期休載。
- 2007年 - ヤングジャンプ26号にて『ZETMAN』連載再開。
◆桂正和 作品
漫画作品
FJ:フレッシュジャンプSJ:週刊少年ジャンプ特別編集 スーパージャンプ
VJ:週刊少年ジャンプ特別編集増刊 V JUMP
WJ:週刊少年ジャンプ
YJ:週刊ヤングジャンプ
MA:MANGAオールマン
SQ:ジャンプスクエア
BL:Bitch's Life Illustration FIle(グラフィック社)
未:雑誌未掲載
| 作品名 | 年 | 掲載 | 注記 | |
|---|---|---|---|---|
| 1 | ウイングマン | 1983年 - 1985年 |
WJ | 変身ヒーロー作品。連載デビュー作。 |
| 2 | 超機動員ヴァンダー | 1985年 - 1986年 |
WJ | 変身ヒーロー作品。 |
| 3 | プレゼント・フロム LEMON | 1987年 | WJ | アイドル作品。 |
| 4 | 電影少女 | 1989年 - 1992年 |
WJ | 恋愛作品 (SF) 。 |
| 5 | SHADOW LADY【VJ版】 | 1992年 - 1993年 |
VJ | 変身ヒーロー作品。 |
| 6 | D・N・A² 〜何処かで失くしたあいつのアイツ〜 |
1993年 - 1994年 |
WJ | 変身ヒーロー作品。 |
| 7 | SHADOW LADY【WJ版】 | 1995年 - 1996年 |
WJ | 変身ヒーロー作品。 |
| 8 | I"s | 1997年 - 2000年 |
WJ | 恋愛作品。OVA化は2度なされている。 |
| 9 | ZETMAN【連載版】 | 2002年 - | YJ | 変身ヒーロー作品。連載中。 |
| 10 | ツバサ | 1980年 | 未 | 変身ヒーロー作品。 第19回手塚賞佳作。 |
| 11 | 転校生はヘンソウセイ!? | 1981年 | WJ | 恋愛作品。デビュー作であり、 第21回手塚賞準入選作。 |
| 12 | 学園部隊3パロかん | 1981 | WJ増刊 | 変身ヒーローのパロディ作品。 続編に「学園部隊3パロかんII」がある。 |
| 13 | 学園部隊3パロかんII | 1981年 | 未 | 変身ヒーローのパロディ作品。 「学園部隊3パロかん」の続編。 |
| 14 | 夏にすずみ! | 1982年 | FJ | 恋愛作品。「すずみシリーズ」第1作。 |
| 15 | 秋にすずみ… | 1982年 | FJ | 恋愛作品。「すずみシリーズ」第2作。 |
| 16 | ヴォーグマン | 1985年 | WJ増刊 | 変身ヒーロー作品。 |
| 17 | すず風のパンテノン | 1986年 | WJ増刊 | 変身ヒーロー作品。 |
| 18 | KANA | 1986年 | WJ | 恋愛作品。 |
| 19 | 小さな灯り | 1988年 | SJ | 恋愛作品。初の青年誌掲載。 |
| 20 | エトランゼ | 1988年 | WJ増刊 | 恋愛作品。原案・大場ひろし。 |
| 21 | SHIN-NO-SHIN 愛と憎しみのタイムスリップ |
1989年 | WJ | 恋愛作品 (SF) 。 |
| 22 | ビデオガール | 1989年 | WJ増刊 | 恋愛作品 (SF) 。 |
| 23 | WOMAN IN THE MAN -男の中の女- |
1993年 | WJ | 恋愛作品 (TSF) 。 |
| 24 | ZETMAN【読切版】 | 1994年 | WJ増刊 | 変身ヒーロー作品。 |
| 25 | SHADOW LADY【読切版】 | 1995年 | WJ | 変身ヒーロー作品。 |
| 26 | エム | 1996年 | MA | 恋愛作品。初の青年向け。後に加筆され「M 完全版」に。 |
| 27 | Dr.チャンバリー | 2000年 | WJ | 『WJ』 2000年3・4合併号に掲載。 吸血鬼にされた医者を主人公としたSFファンタジー作品。 全39頁、冒頭4頁カラー。 |
| 28 | a virgin | 2001年 | BL | 韮沢靖のイラスト集に掲載されたエロティックイラスト。 |
| 29 | M 完全版 | 2002年 | YJ | 恋愛作品。「エム」に加筆した作品。 |
| 30 | 記憶の迷宮 | 2002年 | YJ | 「M 完全版」関連作品。 |
| 31 | さちえちゃんグー!! | 2008年 | SQ | ヒーロー作品。原作・鳥山明。 |
単行本
| 書名 | L | 判型 | 発売年 | 巻数 | 注記 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ウイングマン【JC版】 | JC | 新書 | 1983年 - 1986年 | 13 | |
| 2 | ウイングマン【愛蔵版】 | 不明 | B6 | 1992年 | 7 | 愛蔵版としてハードカバーでの再版。 |
| 3 | ウイングマン【文庫版】 | 文庫 | 文庫 | 1998年 | 7 | 文庫での再版。 |
| 4 | 超機動員ヴァンダー【JC版】 | JC | 新書 | 1987年 | 2 | |
| 5 | 超機動員ヴァンダー【ワイド版】 | JCS | 小B6 | 1995年 | 2 | ワイド版での再版。 |
| 6 | 超機動員ヴァンダー【文庫版】 | 文庫 | 文庫 | 2001年 | 1 | 文庫での再版。 |
| 7 | プレゼント・フロム LEMON【JC版】 | JC | 新書 | 1988年 | 2 | |
| 8 | プレゼント・フロム LEMON 【ワイド版】 | JCS | 小B6 | 1994年 | 2 | ワイド版での再版。 |
| 9 | プレゼント・フロム LEMON【文庫版】 | 文庫 | 文庫 | 2001年 | 1 | 文庫での再版。 |
| 10 | 電影少女【JC版】 | JC | 新書 | 1990年 - 1993年 | 15 | |
| 11 | 電影少女【愛蔵版】 | 不明 | B6 | 1997年 - 1998年 | 9 | 愛蔵版としてハードカバーでの再版。 |
| 12 | 電影少女【文庫版】 | 文庫 | 文庫 | 2003年 | 9 | 文庫での再版。 |
| 13 | D・N・A² 〜何処かで失くしたあいつのアイツ〜 |
JC | 新書 | 1993年 - 1995年 | 5 | |
| 14 | SHADOW LADY | JC | 新書 | 1996年 | 3 | |
| 15 | I"s【JC版】 | JC | 新書 | 1997年 - 2000年 | 15 | |
| 16 | I"s【完全版】 | YJC | A5 | 2005年 - 2006年 | 12 | 完全版での再版。 |
| 17 | ZETMAN | YJC | 小B6 | 2003年 - | 9 | |
| 18 | M エム | YJC | B5 | 2005年 | 1 | ハードカバー愛蔵版。限定特装版あり。 |
| 19 | 桂正和コレクション【JSC版】 | JSC | 新書 | 1984年 | 1 | 短編集。 |
| 20 | 桂正和コレクション【ワイド版】 | JSA | A5 | 1989年 | 2 | 短編集。1巻は新書版に1作追加した再出版。 |
| 21 | ZETMAN 桂正和短編集 | JC | 新書 | 1995年 | 1 | 短編集。 |
イラスト集
- 4C(1998年8月9日発行、集英社、ISBN 4087827623) - 『I"s』初期までのカラーイラスト等を収録。3冊組。タイトルは4色カラー (color) 原稿に由来するが、イラスト集自体は特色を加えた5色での印刷となっている。
- L-side ‹LOVERS-side› Katsura Masakazu Illustrations 1 - 恋愛作品のイラスト等を収録。
- R-side ‹HEROES-side› Katsura Masakazu Illustrations 2 - ヒーロー作品や短編のイラスト、インタビュー、作品リスト、ゲストメッセージを収録。
- SHADOW LADY Katsura Masakazu Illustrations 3 - 「SHADOW LADY」【VJ版】を収録。
キャラクターデザイン
- I・Я・I・A ZЁIЯAM THE ANIMATION【OVA】(1994年)
- LOVE & DESTROY【プレイステーション用ゲームソフト】(1999年)
その他
- ジュール・ヴェルヌ(著)・横塚光雄(訳)『十五少年漂流記』集英社〈集英社文庫〉2009年4月8日【表紙イラスト】
- アクションフィギュア MOVIE REALIZATION BATMAN&BAT-POD
【スーパーバイザー、イラストも担当】 - スーパーバイズドフィギュア I"s Pure【完全監修】
曲
OVA『電影少女 -VIDEO GIRL AI-』のサウンドトラックCD(どちらも発売はビクター音楽産業)において、歌・作詞・作曲に一部参加している。
- 『電影少女 オリジナル・サウンドトラック』(1992年3月27日)収録曲
- あの日に…(歌:木村真紀、作詞:桂正和、作曲:松浦有希)
- 明日は明日(歌:桂正和、作詞:田口俊、作曲:岡田徹)
- 『「電影少女 2nd」イメージ・サウンドトラック -Memories-』(1992年3月27日)収録曲
- 心の水たまり(歌:桂正和、作詞:泉水敏郎、作曲:岡田徹・鶴来正基)
- まだ見ぬ夢(歌:桂正和、作詞:覚和歌子、作曲:桂正和)
出演
- 映画『電影少女 -VIDEO GIRL AI-』(1991年6月公開) - カメオ出演。
- 映画『ゼイラム』(1991年12月公開) - 専門学校の先輩、雨宮慶太の監督作。通行人役として。
- TV『 爆笑問題のススメ』(札幌テレビ、2007年3月13日放送) - ゲストとして。
- インターネットTV『東京デンジャラスnight』(2007年3月13日・11月6日放送) - まんだらけのインターネットテレビMandarayの番組。韮沢靖と共に2回出演。
◆桂正和 概要
連載デビューまで
1962年(昭和37年)福井に生まれ、小学生の時に千葉県千葉市村田町へ引っ越し、さらに中学になる頃に同県市原市八幡へ移り20歳頃までを過ごす。子供の頃から絵は得意で受賞などもしていたが、アニメや漫画にはさほど惹かれておらず、ウルトラシリーズや仮面ライダーシリーズといった特撮ヒーロー物に夢中になっていた。
中学生時にV55(Technics)という50万円のコンポーネントステレオが欲しく、当時50万円だった賞金目当てに手塚賞への応募を始める。それまでは漫画家を目指していたわけでもない上に漫画もほとんど読んでおらず、当初は賞金だけが目的であった。
目的のコンポは賞金を手に入れる前に買ってもらったが、漫画を描き続ける中で描くおもしろさを覚え、高校時には授業中にペン入れをするなどして漫画に没頭する。
そして1980年(昭和55年)の高校卒業間際にフレッシュジャンプ賞に投稿した作品が選外ながらも編集者・鳥嶋和彦の目に止まり、また同時期に手塚賞に応募していた「ツバサ」が佳作に入選する。
高校時代には『電子戦隊デンジマン』をきっかけとし東映の特撮テレビドラにのめり込む。
こうした特撮ヒーロー物のファン故、そのトレースしただけの様なSF作品ばかりを描いていたが、担当となった鳥嶋にラブコメディ作品を描く様に薦められ「転校生はヘンソウセイ!?」を執筆する。同作は初めてのラブコメであったにも関わらず手塚賞準入選に入賞して『週刊少年ジャンプ (WJ)』に掲載され、専門学校在籍中に漫画家としてのデビューを果たす。その後『WJ』で「ウイングマン」の連載を開始し多忙となったこと、そして3年への進級に失敗したことから専門学校を中退。同作は自身の好きなヒーロー物にラブコメディ要素を取り入れたことにより、アニメ化する程のヒットを得る。
恋愛作品のヒット
「ウイングマン」終了後は打ち切り作品が2作続き不遇の時代を迎える。再び担当となった鳥嶋のサポートから「恋愛モノ」に取りかかり、『ウイングマン』とは逆に恋愛にSF要素を取り入れた読切「ビデオガール」を1989年(平成元年)に完成、これを元とした「電影少女」の連載を同年開始する。『電影少女』は単行本15巻と桂最長の作品となり、OVA化・実写映画化等様々なメディアミックス展開が行なわれる大きなヒットを得る。両作は桂にとって漫画家としてのターニングポイントとなっており、作風に様々な変化をもたらした。またこの年公開された映画『バットマン』をきっかけに桂は『バットマン』のファンとなり、以降の作品に影響を与えることとなる。
「電影少女」終了後、1992年(平成4年)からは鳥嶋が創刊編集長を務めた『週刊少年ジャンプ特別編集増刊 V JUMP』において「SHADOW LADY」【VJ版】を連載、その後『WJ』に戻り1994年(平成6年)から「D・N・A² 〜何処かで失くしたあいつのアイツ〜」・1995年(平成7年)からは「SHADOW LADY」【WJ版】とアクション色の強い作品を続けて発表する。『D・N・A² 』は単行本5巻と比較的短命に
終わるも、テレビアニメ化もされた。
1996年(平成8年)には初の青年誌向け作品として「エム」を『MANGAオールマン』にて発表する。
そして翌1997年(平成9年)には編集部の意向に添う形で、SF要素を一切排した恋愛漫画「I"s」の連載を開始する。同作は『電影少女』と列び単行本15巻に及ぶ桂最長の作品となり、連載終了後にもメディアミックスが行なわれるヒット作となった。
ヤングジャンプへの移籍
2000年(平成12年)の「I"s」連載終了と同年に掲載された読切「Dr.チャンバリー」を最後に、桂は長年活動の場として来た『WJ』を離れる。そして2002年(平成14年)に発表された「M 完全版」以降は活動の場を『週刊ヤングジャンプ』 に移し、同年より「ZETMAN」の連載を開始する。同作は単行本の巻数では『I"s』などには及ばないながら5年以上に渡って連載が継続されており、連載期間では桂最長の作品となっている。
移籍後に発売された『I"s』の完全版は『WJ』連載作品でありながらヤングジャンプ・コミックスレーベルからの発売となっている。
作風
友人の鳥山明は桂の作風について「(桂は)感動させたくてしょうがない」と評しており、「作風が真逆なくらい違う」鳥山が人間味を表現するのを嫌い明るくくだらないやり取りを好むのに対し、桂はやや暗く感動を誘うような描写を好む。こうした自身の作風について桂は、あすなひろしの”哀しい”作品の影響を述べている。
『コミッカーズ』12号では「美少女とヒーローをカラーで描かせたら右に出る者はいない」との形容によって、桂の作品の特徴を端的に表している。こうした特徴から初のイラスト集である『4C』も、恋愛作品のイラストを中心とした「L-side ‹LOVERS-side›」とヒーロー物を中心とした「R-side ‹HEROES-side›」 という構成になっている。
ヒーロー物
手塚賞佳作受賞作である「ツバサ」から最新の連載作の『ZETMAN』に至るまで、変身ヒーローを扱った作品が多い。上述の通り高校時代には特撮ヒーローに夢中となってそのトレースのような作品ばかりを書いていたこともあり、初期の作品には特撮ヒーロー物の影響が強い。また、『バットマン』公開以降の作品については同作の影響を自身で述べている。
桂自身ヒーロー物に対してはこだわりがあり、『ZETMAN』については物語の構想としては変身ヒーローである意味が無いことを認識しながらも、「僕がやる限りヒーローだよな」との思いから変身ヒーロー物として描いている。
恋愛物
「少年誌でやってる限り、……『ラブコメ』が向いているらしくて」と桂自身が述べるように、『電影少女』・『I"s』とヒットし長期連載となった作品には恋愛要素が強い作品が列び、また恋愛を主題とはしていない変身ヒーロー物であっても『WJ』時代の連載作品には必ず恋愛要素と性的なサービスカットが含まれている。同じく鳥嶋にラブコメを求め続けられながらも頑なに拒否した鳥山明とは対極的に、桂はその要望を受け入れたことによってヒット作を生み出していった。
しかしこうした恋愛要素はあくまで編集の意向を汲んで描かれた物であり、初のラブコメディ作品「転校生はヘンソウセイ!?」も担当のアイデアを取り入れることで執筆された作品であった。桂は、恋愛作品は自身の趣味とは全く異なるものではあるが嫌ではない旨を述べ、最初のラブコメを苦痛無く悩まず描けたことがその後へと繋がっていったと懐述している。ただし、「(『電影少女』の開始時には)恋愛モノなんて、イヤでイヤでしようがなかったし、連載で描き続ける自信など、まるでなかった」や、「自分に求められている物を意識しすぎて、……恋愛やエロを入れなきゃとか」などのより消極的な発言も見られ、上述の通り自身の趣味からではなく編集の意向によって恋愛物が作成されたことを裏付けている。
なお、恋愛物についてはラッセ・ハルストレムの映画『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』の影響を自身で述べている。
性的描写
鳥山は桂との対談で「(桂は)エッチなのが武器」と述べており、性的な描写は桂の作品の魅力の一つとなっている。サービスカットは『ウイングマン』初期より登場していたが、『電影少女』の連載中に性的な表現に対する大きな転機が訪れる。当初恋愛物の執筆にあまり乗り気ではなかった桂は、せめてもの抵抗として少年誌にありがちな恋愛漫画を避けようとリアリティ(現実感)ある描写を求めていく。そして男女交際の帰結としてベッドシーンなどにも踏み込んでいくが、「キスまで」という少年誌的な制約は厳しく、桂はこの制約の中で「裸を出さずにエッチに描く」ことにより、際どくリアリティのある描写を目指していく。とはいえその限界の見極めは難しく、『電影少女』では単行本に収録される際の修正・単行本発行後の修正・山口県での第3巻の有害図書指定と、当時強まっていた漫画に対する表現規制のあおりを直接受けることとなった。こうした際どい表現方法は、以降も桂の作品の特徴となっており、後の「エム」や『I"s』などにも受け継がれていく。
画風
「美少女とヒーローをカラーで描かせたら右に出る者はいないスーパーテクニシャン」と言われるように、画力の高さには定評がある。しかし桂自身ではあまり自分の画力を評価しておらず、絵柄の変更に抵抗を持たずに作品に合わせて意図的に変化させている。
大きな転機となったのは『電影少女』の原型となった読切「ビデオガール」の頃で、それまでの絵柄を壊しリアリティのある絵柄を模索し始める。これは『電影少女』の連載前の漫画を描けない入院生活によって手が自分の絵を忘れてしまったことも転機とはなっているが、その他にも自分のキャラクターのルックスに飽きたこと、アイドル好きが加熱していたこともあり自分の絵よりも現実の女の子の方が可愛いと思っていることなどが理由として挙げられている。
その後の『D・N・A²』ではコミックらしさにこだわって描き、最新作の『ZETMAN』ではシリアスなストーリーに合わせ劇画にしている。鳥山明との合作「さちえちゃんグー!! 」では好きでありながら自分で封印しているデフォルメにも挑戦している。
美少女
上述の通り桂の描く美少女には定評があるが、「ウイングマン」の連載中には担当編集より「色気がない」との指摘を受けていた。この指摘から桂は色気を出して描くことを意識するが、その結果として女の子を主人公にした作品の依頼しかこなくなったと語っている。ただし、早い時期から美少女の描写は評価されており、「ウイングマン」連載中のファンレターや『超機動員ヴァンダー』の巻末にコメントを寄せた土居孝幸からは共に「女の子が可愛い」との評価を受けている。少女の描写の中でも特に尻の描写は評価が高く、鳥山は「桂君と言えばお尻」との理由によって「さちえちゃんグー!! 」の主人公さちえの痣を尻に設定している。
美少女を描くのに当たり桂は、グラビアなどからイメージをする程度にとどめ、特定のモデルを決めずに描いている。これは特定のモデルを決めて描くと目の大きさなどのバランスが絵としては悪くなり、修正を加えていっても良い物が描けないことによる。
趣味
趣味は映画鑑賞とグッズのコレクション。また高校時代には特撮ヒーローにも夢中になっていた。
映画鑑賞のために自宅地下にはバットマングッズのコレクションルームも兼ねたAVルームを設けており、かなりの予算をかけている。好きな映画監督としてはサム・ライミを挙げており、『死霊のはらわた』からの熱心なファン。2002年(平成14年)の『スパイダーマン』公開に当たりライミが訪日した際には、『週刊ヤングジャンプ』の企画で対談を果たしている。
コレクションの対象としては、バットマングッズ、アンティークウォッチ、スニーカーが挙げられている。
特撮ヒーロー
東映の特撮変身ヒーローは桂がヒーロー物を描くようになった原点であり、デビュー前の時期にはそのトレースしただけの様なSF作品ばかりを描いていた。
特撮ヒーローに夢中となったきっかけは高校時代に『電子戦隊デンジマン』と出会ったことにある。同作は桂にとっての「エポック」であり、「僕の中で戦隊物であれを越えられる物はない」と語っている。『ウイングマン』ではデザイン面での同作の影響を述べており、『ウイングマン』の元となった「ツバサ」執筆時には『デンジマン』のことしか頭の中になかったとの懐述もしている。また、同時期の短編「学園部隊3パロかん」とその続編「学園部隊3パロかんII」では、『太陽戦隊サンバルカン』や『バトルフィーバーJ』と言った戦隊物のパロディを描いている。
こうしたヒーロー物への熱意は漫画自体への影響には留まらず、専門学校時代には自主制作映画の中で『サンバルカン』のコスプレを行い、『大戦隊ゴーグルファイブ』のレッドのコスプレで学園祭に参加していた。また「ウイングマン」の連載開始後には100万円以上のウイングマンのコスプレを作って単行本各巻の目次背景に写真を掲載し、単行本ではおまけページにおいて変身アクションの解説まで作成している。
映画自体については「好きな映画ではあるが一番おもしろい映画ではない」と述べており、桂にとってのバットマンの魅力はバットマンのキャラクター性にある。その魅入られた理由としては、誰も見ていなところでコウモリの格好をし、どちらが悪人だかわからなような対応でチンピラに脅しをかけるといった行動が、東映特撮によって作られた桂にとってのヒーロー像とは異なり新鮮だったことと、自分がヒーロであることを見て欲しい自己中心的な性格が『ウイングマン』の健太とシンクロしたことを述べている。また一番好きな敵としてジョーカーを挙げ、怖い容姿をして常に怒っている正義の味方と馬鹿みたいに笑っている悪役の両方が、同じ位に狂気に満ちていることも東映ヒーローには無かった『バットマン』に魅入られた理由の一つであると述べている。
『バットマン&ロビン』特集号の『S.M.H.』VOL.8 では自作のバットマン胸像が表紙を飾り、「自他ともに認める強度のバットマニア」との形容と共にバットマングッズのコレクターとしての取材を受けた他、『フィギュア王』NO.27でも「漫画界きってのバットマニア」として取材を受けており、これらの取材ではバットマングッズのコレクションルームを兼ねた自宅地下のAVルームを公開している。
バットマンは桂の作品にも影響を与えており、特に『SHADOW LADY』と読切「ZETMAN」はバットマンの世界観へのオマージュ作品となっている。より直接的な描写としては、頭の「とがった耳」をバットに変えたパロディキャラクター「ばっとマン」が『電影少女』の作中に登場している。
なお、愛犬はバットマン登場キャラクターアルフレッドにちなみ、雌であるためアルフレッコと名付けられている。
交流のある人物
鳥山明と桂は同じく鳥嶋和彦によって才能を見出された友人で、数少ない漫画家の友人の中で最も親交の深い人物として互いに互いを挙げている。またアシスタント経験の無い桂は鳥山に漫画の相談をすることもあり、鳥山との関係について「師匠と言ってもいいかも」や「学校の先生のようなもの」と表現している。
初期にはどちらの方が田舎者かという下らない争いをし、鳥山は『Dr.スランプ』に田舎者として桂を登場させている。逆に桂は『ウイングマン』の作中に都会者であるかの様に振る舞う「生徒会トリヤマ」や「Mr.マヤリト」として鳥山を登場させている。また、桂が病気療養の為に「ウイングマン」を一時休載した際には、応援コーナー「がんばれ! がんばれ! 桂くん! 」に「イナカ友だち」として鳥山がタイトルとイラストを寄稿している。
『ドラゴンボール』において孫悟空が界王を笑わせる為に使ったギャグは桂が考えた物であり、フュージョンのポーズの考案にも関わっている。逆に「すず風のパンテノン」は鳥山との雑談の中から生まれ、『D・N・A²』で主人公が髪の色を変えて変身するのは鳥山のアドバイスによるものである。また『ZETMAN』では車のデザインを行なっている。
2008年には原作:鳥山明・漫画:桂正和で読切「さちえちゃんグー!! 」を共作している。
漫画関係者
鳥嶋和彦
元担当編集者で、桂を漫画家としての成功へと導いた功労者。桂の才能を見出しデビューへと導き、またターニングポイントとなった「ビデオガール」・『電影少女』も鳥嶋の協力の元で誕生している。なお「ビデオガール」の完成後、桂は鳥嶋が担当から外れたこともあり好評だった別の読切「SHIN-NO-SHIN」での連載を考えていたが、副編集長となった鳥嶋の推しにより「ビデオガール」を元とした連載を開始することとなった。また「SHADOW LADY」の名付け親でもある。
黒岩よしひろ
元アシスタント。渡辺満里奈のファンであったことから、桂と渡辺の対談に付いて行っている。
稲田浩司
元チーフアシスタント。
専門学校繋がり
雨宮慶太
専門学校の2年先輩。雨宮の監督映画『ゼイラム』(1991年12月公開)に“通行人”として桂が出演した他、同作のアニメ化作品『I・Я・I・A ZЁIЯAM THE ANIMATION』のキャラクターデザインを桂が担当している。また雨宮の『未来忍者 慶雲機忍外伝』に触発され、桂は和風をコンセプトとした読切「SHIN-NO-SHIN」を描いている。
寺田克也
専門学校の1年後輩。「SHADOW LADY」【VJ版】第1回の背景を描いている。
竹谷隆之
専門学校の1年後輩。『ZETMAN』のキャラクターデザインに協力。また竹谷が造形を担当しているMOVIE REALIZATIONシリーズにおいて、桂がバットマンのスーパーバイザーを務める。
韮沢靖
雨宮を介して知り合う。『ZETMAN』のキャラクターデザインに協力。また桂は韮沢によるオムニバスイラスト集『Bitch's Life Illustration FIle』に「a virgin」を寄稿している。
金田龍
寺田を介して知り合う。実写映画『電影少女 -VIDEO GIRL AI-』の監督を務めた。また実現はされなかったが、金田を監督に『D・N・A²』を実写映画化する企画もあった。
その他
酒井法子
桂が酒井のファン。コミック巻末において2度の対談を行っており、OVA『電影少女 -VIDEO GIRL AI-』のサウンドトラックCDにも参加している。また『電影少女』13巻表紙の天野あいは、酒井をモデルに描かれている。
wiki抜粋
1962年(昭和37年)福井に生まれ、小学生の時に千葉県千葉市村田町へ引っ越し、さらに中学になる頃に同県市原市八幡へ移り20歳頃までを過ごす。子供の頃から絵は得意で受賞などもしていたが、アニメや漫画にはさほど惹かれておらず、ウルトラシリーズや仮面ライダーシリーズといった特撮ヒーロー物に夢中になっていた。
中学生時にV55(Technics)という50万円のコンポーネントステレオが欲しく、当時50万円だった賞金目当てに手塚賞への応募を始める。それまでは漫画家を目指していたわけでもない上に漫画もほとんど読んでおらず、当初は賞金だけが目的であった。
目的のコンポは賞金を手に入れる前に買ってもらったが、漫画を描き続ける中で描くおもしろさを覚え、高校時には授業中にペン入れをするなどして漫画に没頭する。
そして1980年(昭和55年)の高校卒業間際にフレッシュジャンプ賞に投稿した作品が選外ながらも編集者・鳥嶋和彦の目に止まり、また同時期に手塚賞に応募していた「ツバサ」が佳作に入選する。
高校時代には『電子戦隊デンジマン』をきっかけとし東映の特撮テレビドラにのめり込む。
こうした特撮ヒーロー物のファン故、そのトレースしただけの様なSF作品ばかりを描いていたが、担当となった鳥嶋にラブコメディ作品を描く様に薦められ「転校生はヘンソウセイ!?」を執筆する。同作は初めてのラブコメであったにも関わらず手塚賞準入選に入賞して『週刊少年ジャンプ (WJ)』に掲載され、専門学校在籍中に漫画家としてのデビューを果たす。その後『WJ』で「ウイングマン」の連載を開始し多忙となったこと、そして3年への進級に失敗したことから専門学校を中退。同作は自身の好きなヒーロー物にラブコメディ要素を取り入れたことにより、アニメ化する程のヒットを得る。
恋愛作品のヒット
「ウイングマン」終了後は打ち切り作品が2作続き不遇の時代を迎える。再び担当となった鳥嶋のサポートから「恋愛モノ」に取りかかり、『ウイングマン』とは逆に恋愛にSF要素を取り入れた読切「ビデオガール」を1989年(平成元年)に完成、これを元とした「電影少女」の連載を同年開始する。『電影少女』は単行本15巻と桂最長の作品となり、OVA化・実写映画化等様々なメディアミックス展開が行なわれる大きなヒットを得る。両作は桂にとって漫画家としてのターニングポイントとなっており、作風に様々な変化をもたらした。またこの年公開された映画『バットマン』をきっかけに桂は『バットマン』のファンとなり、以降の作品に影響を与えることとなる。
「電影少女」終了後、1992年(平成4年)からは鳥嶋が創刊編集長を務めた『週刊少年ジャンプ特別編集増刊 V JUMP』において「SHADOW LADY」【VJ版】を連載、その後『WJ』に戻り1994年(平成6年)から「D・N・A² 〜何処かで失くしたあいつのアイツ〜」・1995年(平成7年)からは「SHADOW LADY」【WJ版】とアクション色の強い作品を続けて発表する。『D・N・A² 』は単行本5巻と比較的短命に
終わるも、テレビアニメ化もされた。
1996年(平成8年)には初の青年誌向け作品として「エム」を『MANGAオールマン』にて発表する。
そして翌1997年(平成9年)には編集部の意向に添う形で、SF要素を一切排した恋愛漫画「I"s」の連載を開始する。同作は『電影少女』と列び単行本15巻に及ぶ桂最長の作品となり、連載終了後にもメディアミックスが行なわれるヒット作となった。
ヤングジャンプへの移籍
2000年(平成12年)の「I"s」連載終了と同年に掲載された読切「Dr.チャンバリー」を最後に、桂は長年活動の場として来た『WJ』を離れる。そして2002年(平成14年)に発表された「M 完全版」以降は活動の場を『週刊ヤングジャンプ』 に移し、同年より「ZETMAN」の連載を開始する。同作は単行本の巻数では『I"s』などには及ばないながら5年以上に渡って連載が継続されており、連載期間では桂最長の作品となっている。
移籍後に発売された『I"s』の完全版は『WJ』連載作品でありながらヤングジャンプ・コミックスレーベルからの発売となっている。
作風
友人の鳥山明は桂の作風について「(桂は)感動させたくてしょうがない」と評しており、「作風が真逆なくらい違う」鳥山が人間味を表現するのを嫌い明るくくだらないやり取りを好むのに対し、桂はやや暗く感動を誘うような描写を好む。こうした自身の作風について桂は、あすなひろしの”哀しい”作品の影響を述べている。
『コミッカーズ』12号では「美少女とヒーローをカラーで描かせたら右に出る者はいない」との形容によって、桂の作品の特徴を端的に表している。こうした特徴から初のイラスト集である『4C』も、恋愛作品のイラストを中心とした「L-side ‹LOVERS-side›」とヒーロー物を中心とした「R-side ‹HEROES-side›」 という構成になっている。
ヒーロー物
手塚賞佳作受賞作である「ツバサ」から最新の連載作の『ZETMAN』に至るまで、変身ヒーローを扱った作品が多い。上述の通り高校時代には特撮ヒーローに夢中となってそのトレースのような作品ばかりを書いていたこともあり、初期の作品には特撮ヒーロー物の影響が強い。また、『バットマン』公開以降の作品については同作の影響を自身で述べている。
桂自身ヒーロー物に対してはこだわりがあり、『ZETMAN』については物語の構想としては変身ヒーローである意味が無いことを認識しながらも、「僕がやる限りヒーローだよな」との思いから変身ヒーロー物として描いている。
恋愛物
「少年誌でやってる限り、……『ラブコメ』が向いているらしくて」と桂自身が述べるように、『電影少女』・『I"s』とヒットし長期連載となった作品には恋愛要素が強い作品が列び、また恋愛を主題とはしていない変身ヒーロー物であっても『WJ』時代の連載作品には必ず恋愛要素と性的なサービスカットが含まれている。同じく鳥嶋にラブコメを求め続けられながらも頑なに拒否した鳥山明とは対極的に、桂はその要望を受け入れたことによってヒット作を生み出していった。
しかしこうした恋愛要素はあくまで編集の意向を汲んで描かれた物であり、初のラブコメディ作品「転校生はヘンソウセイ!?」も担当のアイデアを取り入れることで執筆された作品であった。桂は、恋愛作品は自身の趣味とは全く異なるものではあるが嫌ではない旨を述べ、最初のラブコメを苦痛無く悩まず描けたことがその後へと繋がっていったと懐述している。ただし、「(『電影少女』の開始時には)恋愛モノなんて、イヤでイヤでしようがなかったし、連載で描き続ける自信など、まるでなかった」や、「自分に求められている物を意識しすぎて、……恋愛やエロを入れなきゃとか」などのより消極的な発言も見られ、上述の通り自身の趣味からではなく編集の意向によって恋愛物が作成されたことを裏付けている。
なお、恋愛物についてはラッセ・ハルストレムの映画『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』の影響を自身で述べている。
性的描写
鳥山は桂との対談で「(桂は)エッチなのが武器」と述べており、性的な描写は桂の作品の魅力の一つとなっている。サービスカットは『ウイングマン』初期より登場していたが、『電影少女』の連載中に性的な表現に対する大きな転機が訪れる。当初恋愛物の執筆にあまり乗り気ではなかった桂は、せめてもの抵抗として少年誌にありがちな恋愛漫画を避けようとリアリティ(現実感)ある描写を求めていく。そして男女交際の帰結としてベッドシーンなどにも踏み込んでいくが、「キスまで」という少年誌的な制約は厳しく、桂はこの制約の中で「裸を出さずにエッチに描く」ことにより、際どくリアリティのある描写を目指していく。とはいえその限界の見極めは難しく、『電影少女』では単行本に収録される際の修正・単行本発行後の修正・山口県での第3巻の有害図書指定と、当時強まっていた漫画に対する表現規制のあおりを直接受けることとなった。こうした際どい表現方法は、以降も桂の作品の特徴となっており、後の「エム」や『I"s』などにも受け継がれていく。
画風
「美少女とヒーローをカラーで描かせたら右に出る者はいないスーパーテクニシャン」と言われるように、画力の高さには定評がある。しかし桂自身ではあまり自分の画力を評価しておらず、絵柄の変更に抵抗を持たずに作品に合わせて意図的に変化させている。
大きな転機となったのは『電影少女』の原型となった読切「ビデオガール」の頃で、それまでの絵柄を壊しリアリティのある絵柄を模索し始める。これは『電影少女』の連載前の漫画を描けない入院生活によって手が自分の絵を忘れてしまったことも転機とはなっているが、その他にも自分のキャラクターのルックスに飽きたこと、アイドル好きが加熱していたこともあり自分の絵よりも現実の女の子の方が可愛いと思っていることなどが理由として挙げられている。
その後の『D・N・A²』ではコミックらしさにこだわって描き、最新作の『ZETMAN』ではシリアスなストーリーに合わせ劇画にしている。鳥山明との合作「さちえちゃんグー!! 」では好きでありながら自分で封印しているデフォルメにも挑戦している。
美少女
上述の通り桂の描く美少女には定評があるが、「ウイングマン」の連載中には担当編集より「色気がない」との指摘を受けていた。この指摘から桂は色気を出して描くことを意識するが、その結果として女の子を主人公にした作品の依頼しかこなくなったと語っている。ただし、早い時期から美少女の描写は評価されており、「ウイングマン」連載中のファンレターや『超機動員ヴァンダー』の巻末にコメントを寄せた土居孝幸からは共に「女の子が可愛い」との評価を受けている。少女の描写の中でも特に尻の描写は評価が高く、鳥山は「桂君と言えばお尻」との理由によって「さちえちゃんグー!! 」の主人公さちえの痣を尻に設定している。
美少女を描くのに当たり桂は、グラビアなどからイメージをする程度にとどめ、特定のモデルを決めずに描いている。これは特定のモデルを決めて描くと目の大きさなどのバランスが絵としては悪くなり、修正を加えていっても良い物が描けないことによる。
趣味
趣味は映画鑑賞とグッズのコレクション。また高校時代には特撮ヒーローにも夢中になっていた。
映画鑑賞のために自宅地下にはバットマングッズのコレクションルームも兼ねたAVルームを設けており、かなりの予算をかけている。好きな映画監督としてはサム・ライミを挙げており、『死霊のはらわた』からの熱心なファン。2002年(平成14年)の『スパイダーマン』公開に当たりライミが訪日した際には、『週刊ヤングジャンプ』の企画で対談を果たしている。
コレクションの対象としては、バットマングッズ、アンティークウォッチ、スニーカーが挙げられている。
特撮ヒーロー
東映の特撮変身ヒーローは桂がヒーロー物を描くようになった原点であり、デビュー前の時期にはそのトレースしただけの様なSF作品ばかりを描いていた。
特撮ヒーローに夢中となったきっかけは高校時代に『電子戦隊デンジマン』と出会ったことにある。同作は桂にとっての「エポック」であり、「僕の中で戦隊物であれを越えられる物はない」と語っている。『ウイングマン』ではデザイン面での同作の影響を述べており、『ウイングマン』の元となった「ツバサ」執筆時には『デンジマン』のことしか頭の中になかったとの懐述もしている。また、同時期の短編「学園部隊3パロかん」とその続編「学園部隊3パロかんII」では、『太陽戦隊サンバルカン』や『バトルフィーバーJ』と言った戦隊物のパロディを描いている。
こうしたヒーロー物への熱意は漫画自体への影響には留まらず、専門学校時代には自主制作映画の中で『サンバルカン』のコスプレを行い、『大戦隊ゴーグルファイブ』のレッドのコスプレで学園祭に参加していた。また「ウイングマン」の連載開始後には100万円以上のウイングマンのコスプレを作って単行本各巻の目次背景に写真を掲載し、単行本ではおまけページにおいて変身アクションの解説まで作成している。
バットマン
バットマングッズのコレクターとしても有名で、1997年(平成9年)の『バットマン&ロビン Mr.フリーズの逆襲』ではパンフレットにコメントを寄稿、2008年(平成20年)にバンダイより発売される『ダークナイト』のアクションフィギュア『MOVIE REALIZATION BATMAN&BAT-POD』ではスーパーバイザーを務め、デザインアレンジとパッケージイラストを担当している。ファンとなったきっかけは1989年の映画『バットマン』(ティム・バートン)で、同作によって「ウイングマン」の連載終了後には飽きていたヒーロー物に対する情熱が再燃した旨を語っている。映画自体については「好きな映画ではあるが一番おもしろい映画ではない」と述べており、桂にとってのバットマンの魅力はバットマンのキャラクター性にある。その魅入られた理由としては、誰も見ていなところでコウモリの格好をし、どちらが悪人だかわからなような対応でチンピラに脅しをかけるといった行動が、東映特撮によって作られた桂にとってのヒーロー像とは異なり新鮮だったことと、自分がヒーロであることを見て欲しい自己中心的な性格が『ウイングマン』の健太とシンクロしたことを述べている。また一番好きな敵としてジョーカーを挙げ、怖い容姿をして常に怒っている正義の味方と馬鹿みたいに笑っている悪役の両方が、同じ位に狂気に満ちていることも東映ヒーローには無かった『バットマン』に魅入られた理由の一つであると述べている。
『バットマン&ロビン』特集号の『S.M.H.』VOL.8 では自作のバットマン胸像が表紙を飾り、「自他ともに認める強度のバットマニア」との形容と共にバットマングッズのコレクターとしての取材を受けた他、『フィギュア王』NO.27でも「漫画界きってのバットマニア」として取材を受けており、これらの取材ではバットマングッズのコレクションルームを兼ねた自宅地下のAVルームを公開している。
バットマンは桂の作品にも影響を与えており、特に『SHADOW LADY』と読切「ZETMAN」はバットマンの世界観へのオマージュ作品となっている。より直接的な描写としては、頭の「とがった耳」をバットに変えたパロディキャラクター「ばっとマン」が『電影少女』の作中に登場している。
なお、愛犬はバットマン登場キャラクターアルフレッドにちなみ、雌であるためアルフレッコと名付けられている。
交流のある人物
鳥山明
DRAGON BALL(ドラゴンボール)・Dr.スランプ(ドクタースランプ)鳥山明と桂は同じく鳥嶋和彦によって才能を見出された友人で、数少ない漫画家の友人の中で最も親交の深い人物として互いに互いを挙げている。またアシスタント経験の無い桂は鳥山に漫画の相談をすることもあり、鳥山との関係について「師匠と言ってもいいかも」や「学校の先生のようなもの」と表現している。
初期にはどちらの方が田舎者かという下らない争いをし、鳥山は『Dr.スランプ』に田舎者として桂を登場させている。逆に桂は『ウイングマン』の作中に都会者であるかの様に振る舞う「生徒会トリヤマ」や「Mr.マヤリト」として鳥山を登場させている。また、桂が病気療養の為に「ウイングマン」を一時休載した際には、応援コーナー「がんばれ! がんばれ! 桂くん! 」に「イナカ友だち」として鳥山がタイトルとイラストを寄稿している。
『ドラゴンボール』において孫悟空が界王を笑わせる為に使ったギャグは桂が考えた物であり、フュージョンのポーズの考案にも関わっている。逆に「すず風のパンテノン」は鳥山との雑談の中から生まれ、『D・N・A²』で主人公が髪の色を変えて変身するのは鳥山のアドバイスによるものである。また『ZETMAN』では車のデザインを行なっている。
2008年には原作:鳥山明・漫画:桂正和で読切「さちえちゃんグー!! 」を共作している。
漫画関係者
鳥嶋和彦
元担当編集者で、桂を漫画家としての成功へと導いた功労者。桂の才能を見出しデビューへと導き、またターニングポイントとなった「ビデオガール」・『電影少女』も鳥嶋の協力の元で誕生している。なお「ビデオガール」の完成後、桂は鳥嶋が担当から外れたこともあり好評だった別の読切「SHIN-NO-SHIN」での連載を考えていたが、副編集長となった鳥嶋の推しにより「ビデオガール」を元とした連載を開始することとなった。また「SHADOW LADY」の名付け親でもある。
黒岩よしひろ
元アシスタント。渡辺満里奈のファンであったことから、桂と渡辺の対談に付いて行っている。
稲田浩司
元チーフアシスタント。
専門学校繋がり
雨宮慶太
専門学校の2年先輩。雨宮の監督映画『ゼイラム』(1991年12月公開)に“通行人”として桂が出演した他、同作のアニメ化作品『I・Я・I・A ZЁIЯAM THE ANIMATION』のキャラクターデザインを桂が担当している。また雨宮の『未来忍者 慶雲機忍外伝』に触発され、桂は和風をコンセプトとした読切「SHIN-NO-SHIN」を描いている。
寺田克也
専門学校の1年後輩。「SHADOW LADY」【VJ版】第1回の背景を描いている。
竹谷隆之
専門学校の1年後輩。『ZETMAN』のキャラクターデザインに協力。また竹谷が造形を担当しているMOVIE REALIZATIONシリーズにおいて、桂がバットマンのスーパーバイザーを務める。
韮沢靖
雨宮を介して知り合う。『ZETMAN』のキャラクターデザインに協力。また桂は韮沢によるオムニバスイラスト集『Bitch's Life Illustration FIle』に「a virgin」を寄稿している。
金田龍
寺田を介して知り合う。実写映画『電影少女 -VIDEO GIRL AI-』の監督を務めた。また実現はされなかったが、金田を監督に『D・N・A²』を実写映画化する企画もあった。
その他
酒井法子
桂が酒井のファン。コミック巻末において2度の対談を行っており、OVA『電影少女 -VIDEO GIRL AI-』のサウンドトラックCDにも参加している。また『電影少女』13巻表紙の天野あいは、酒井をモデルに描かれている。
wiki抜粋